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東京高等裁判所 昭和53年(く)13号 決定

被請求人 濱田春樹

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

即時抗告の趣意は、被請求人本人および弁護人井上正治連名の即時抗告の申立書、弁護人井上正治の即時抗告の申立理由の補充(一)、弁護人榎本壽の即時抗告の申立補充書(二)、弁護人井上正治、同榎本壽および同田村公一連名の即時抗告申立書補充書(二)のとおりであるから、これらを引用する。

一  所論は、原決定は本件の刑の執行猶予の言渡し取消し(以下単に執行猶予の取消しという)の理由として、被請求人は本件の執行猶予および保護観察の期間中である昭和五一年五月二五日大麻である大麻樹脂約一・九六九三グラムを所持した事実(以下再犯事実または再犯事件という)につき昭和五二年七月二八日懲役六月の判決を受けたもので、右犯罪行為をなしたことは保護観察における善行を保持すべき遵守事項を遵守せず、その情状は重いとして本件の執行猶予を取り消した、しかし右の再犯事件そのものは現に控訴中で確定していないからその内容たる事実を犯罪行為として認めることは不適法であり、原審としてはこの点につき刑訴法三四九条の二第四項により保護観察官の意見を徴しその釈明を求めなければならないのに、その措置をとることなく本件の執行猶予を取り消したものであつて、原審の訴訟手続には法令の違反がある、というのである。

しかし、刑法二六条ノ二第二号にいう遵守すべき事項を遵守しなかつたことが犯罪行為である場合には、その裁判の確定を持たずに同号の取消し事由として認めることができるものと解するのが相当であるから、再犯事件の一審の有罪判決の後その確定前に大麻取締法違反の行為を認めた原決定に所論のような違法はなく、また所論のように保護観察官の意見を徴したり釈明を求めることを要するものとは解されない。

論旨は理由がない。

二  所論は、仮に執行猶予取消しの関係で再犯事実の認定にその裁判の確定を要しないとしても、本件の再犯事件の公判においては、被請求人が大麻を「所持」していたことじたい、大麻取締法の憲法適合性、再犯事件はいわゆる「わな」ではないか、被請求人に犯意があつたかなどの諸点が争われているのであつて、本件で再犯事実を認めることは再犯事件裁判所の認定・判断との間にくいちがいを生じ得ることにもなり被請求人の人権上ゆゆしい問題となるのであるから、これを認めるにはきわめて慎重を期すべきものであるのに、原審が安易に大麻不法所持の事実を認めたのは誤りである、なお原審が「大麻取締法違反の犯罪行為をなしたことが認められる」と述べているのはその理由じたい適法でない、という。

所論の趣旨は必ずしも明らかとはいえないが、再犯事件の公判で所論のような争点があるとしても、本件の執行猶予取消しの請求を受けた裁判所がその当否を判断するにあたり必要な事実を認めることができることはもちろんであり、一件記録を検討しても検察官および弁護人が提出した相当多数の各資料を取り調べた原審の措置に問題はなく、また被請求人が検察官主張のとおり大麻樹脂を不法に所持したと認めた原審の判断が誤りであるとは認められない。大麻取締法が憲法に違反するとは考えられない。原決定の理由じたいが不適法であるとも思われない。

論旨は理由がない。

三  所論は、本件の再犯事実なるものは、被請求人が見知らぬ男から大麻樹脂の入つた筆入れを自車の中に投げこまれ、後になつて内容物が大麻樹脂でないかと疑いつつもその者とのトラブルをおそれて所持していたというものであるが、右は本件の情報提供者が賞金めあてに犯罪を創造した「おとり」または「わな」の疑いがあり、そうとすればそれは情報提供者の責任であるのみならず国の責任ともなり、被請求人については犯罪を構成しないという。

記録によると、被請求人は再犯事実たる大麻樹脂を所持するにいたつた事情としてほぼ所論のように(但し、見知らぬ男から預けられたという)弁解しているところ、その供述じたい必ずしも明らかでないのであるが、仮にその供述を前提としてもその約二か月後に再犯事実が発覚した経緯(取締官に情報が入つたのはその数日前であるという)に照らし「おとり」ないし「わな」が問題になる事案とは考えにくく、その他再犯事実につき被請求人に犯罪の成立を阻却する事情があるとは認められない(なお、いわゆるおとり捜査により犯意を誘発された者の犯罪の成立が阻却されないとする最高昭和二八・三・五決定集七巻三号四八二頁参照)。

四  所論は、本件につき再犯事実認定の資料としては被請求人の供述があるだけで、重要な関係者たる、大麻樹脂入り筆入れを預けられた当時被請求人に同行していた鍜治舎英子や麻薬取締官瀬戸智明の取調べがされていないのは審理を尽さないものであり、また大麻樹脂についての押収調書も提出されていないのは、被請求人の供述のみで執行猶予が取り消されることになり憲法三八条三項に違反する、という。

しかし、本件については被請求人の供述、捜査官に対する各供述調書(謄本をふくむ)のみならず、執行猶予者保護観察事件調査票(写し)、再犯事件についての一審判決の謄本(その中には、所論瀬戸智明および鍜治舎英子の証人としての供述も掲げられている、なお本件記録には右瀬戸智明の証人尋問調書の写しが編綴されている)等が提出されているのであり、原決定はこれらを総合して再犯事実を認めたものと解されるから所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

五  所論は、仮に被請求人につき再犯事実が認められ、保護観察の遵守事項を遵守しなかつた場合にあたるとしても、諸般の事情に照らし「基情状重キトキ」にはあたらない、という。

しかし、原決定の説示するとおり被請求人は大麻取締法違反の罪を二度ならず三度犯したことになるのであるから、その情状はまことに重いというほかなく、現在歯科大学の学生であること、家庭の事情等をできるかぎりしんしやくしても、本件の執行猶予を取り消すこととした原審の判断が不当であるとは考えられない。

論旨は採用できない。

そこで、刑訴法四二六条一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 新関雅夫 藤島利行 渡邊達夫)

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